小串鉱山跡

小串鉱山は1929年から1971年6月まで硫黄を産出・生産していました。
昭和12年には大規模な地滑りがあり、245名の方が亡くなりました。
最盛期にはここに町があり、2000人以上の方が働いていたそうです
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毛無峠から小串鉱山への入り口
歩いて20分ほどで慰霊所に着きます
正面の平らな所に
昔は鉱山町があったそうです
鉱山入り口にある慰霊所
鉱山の歴史が表記された慰霊碑 華やかだったころの鉱山全景 このような町があったそうです
地図には病院や小学校、商店も
描かれています
慰霊所前には駐車スペースがあります 鉱山跡から土鍋山方向
いたるところにまだ家屋の土台らしきものが
残っています
サッカーポストがありました
運動場だったのでしょうか
鉱山跡から毛無峠方向
鉱山への入り口でしょうか。トンネルの内部は2mほどで埋められています
つぶれた廃墟の屋根だけが残っていました
変圧器・電柱も残っていました 変電所跡のようです
内部にはまだ変電所らしい機材が残っています このあたりで地滑りが起こり
多くの方が亡くなったそうです
この索道は小串鉱山から須坂の駅までつながっていて、物資の運搬に使われていたそうです